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まとめ
看護師大量に退職の結果,病床閉鎖とはなかなか稀有な事象
看護部の対策は,派遣,院内関連病院からかき集める
それでも足りないので,余っている診療看護師(NP)も使う
10%が辞める組織は健全でむしろ推奨されるべき
看護師の退職
看護師の退職は一般的には,見慣れた光景です.
上層部も,これが普通だと認識しています.
10%の退職が通常営業で,むしろ健全な組織としては推奨されるべきとの見解でした.
個人的には,10%の退職はもう少し少なくする努力をすべきだと思います.
仮に人材の交流などを図るのであれば,院内の部署を変える配置換えなどで対応すべきかと思います.
看護師の場合は,病院に就職すると希望が通る場合もあればそうでない場合もあります.
医師の場合は需給バランスがどちらかというと逆で,需要が上回っているように思います.
そのため,希望する診療科から落とされるということは,少なくとも日本においては稀な事象です.
ところが,看護師の場合は希望とは異なる部署に配属される場合もあります.
たとえば,整形外科希望だけど,内科への配属などです.
看護師の場合は,所属部署の選定には,個人のなんとなくの希望や,実習での経験などをもとに判断されることが多いかもしれません.
医師の場合は,初期臨床研修医の場合は院内外の各部署を回るのが通例です.
これは定められた規則なので,ローテートしなければならない必要最低条件ということになります.
最低限のローテ以外にも,希望により自身が回りたい診療科を選択することも可能です.
看護師の場合は,そのようなことは通常ありません.
なぜなのでしょうか.
看護師には臨床研修ローテート制度が無い
医師は専門的知識技術と,普遍的な指示出しなどのある程度個人プレーができるかもしれません.
とはいえ,個人ブレーを推奨するものではありません.
看護師の場合は,団体でプレーする事が前提なので,組織のやり方に沿った方法が取られます.
できないのではなく,そもそもやろうとしていない
なぜ,医師はローテができるのに看護師はできないのでしょうか.
それは,看護師が自分たちで枠を作っているからです.
できないのではなく,やろうとしていないだけなのです.
医師の場合,普遍的なベーシックな知識としては内科的な知識になります.
外科の場合は,解剖学や経験もとても重要になりますが,術前後の管理としては内科の管理なのです.
コマネジメントとしては,整形外科の大腿骨頚部骨折の手術後の管理を,総合診療科が行い良質な成果を提示されている施設もたくさんあります.
それぞれ得意分野があります.
全身疾患の表現型である大腿骨頚部骨折
先に上げた大腿骨頚部骨折の例を挙げると,骨折という単純な疾患ではなく,全身疾患になります.
大腿骨頚部骨折をきたす前提としては,転倒などのフレイルや薬剤などのポリファーマシーなどの問題もあります.
基本的には緊急手術の適応とされていますが,緊急で手術を行えている施設はまだ少ないと思います.
このように得意分野を分けることで,それぞれに注力すると緊急手術に対応できるだけの余力が生まれることにも繋がります.
他併存疾患への看護師の対応
では,マルチモビディティと言われる多併存疾患への対応は,看護師はどのように学ぶべきなのでしょうか.
整形外科領域の看護師の場合は,骨折の術後管理には長けているかもしれませんが,内科管理に長けているとは言えないのではないでしょうか.
逆に,本来内科管理が必要なケースにおいて,ひとまずDo処方と呼ばれる開業医さんで処方されている薬剤を開始することは,妥当なのでしょうか.
当然薬剤師の目は入り提案はありますが,実際にそれらの薬剤の効果を評価するのは看護師の役割ではないでしょうか.
たとえば痛み止め
痛み止めについてはわかりやすいかもしれません.
患者さんの意識状態が良ければ,聞けばよいだけだからです.
しかし,漫然と痛み止めを使ってしまうと,そもそも必要なのかどうかという部分が飛ばされて,かつ痛み止めの効果判定も行わず続けられるというケースも存在します.
薬はリスクといいますが,副作用のない薬はありません.
もし副作用が少ない薬があったとしても,主作用も弱いはずなので,薬剤としての効果を判定するには難しくなるはずです.
副作用のモニタリングとしては,一般採血でなされています.
薬剤性肝障害
薬の副作用で最も多いのは,肝障害かもしれません.
では,肝障害が出てきた場合,どのようにして薬剤の副作用と判断するのか.
また,薬剤の副作用と判断した場合,どの程度の肝酵素上昇までは許容できるのでしょうか.
このあたありを知っておかなければ,なりません.
急性腎障害
他には,腎臓の機能が悪くなることもあります.
急性腎障害の定義は憶えているでしょうか.
薬剤性の腎障害であれば,間質性腎炎なども鑑別に入ります.
好酸球上昇などはモニタリングされて,除外されているでしょうか.
薬剤性皮疹
皮疹も多い副作用です.
特に重症の皮疹である,TENやSteven jhonsonなど,粘膜病変などは確認しているでしょうか.
周術期の場合は,降圧剤などの薬剤が基本的には中止されます.
術後の急性腎障害をきたしている状態で,レニンアンギオテンシン系の降圧剤を漫然と開始した結果,腎障害の悪化をきたしている可能性は無いでしょうか.
NSAIDsも多様される薬剤です.
特に高齢者の腎障害や,消化性潰瘍のリスク因子の組み合わせなどは考慮されているでしょうか.
これら例に上げたのは,ごく一部です.
看護師も診療に参画
薬剤師や医師に任せるのではなく,本来は看護師も評価しなければなりません.
しかし内科的な知識の不足は,これらのアセスメントを放棄することになります.
ではどのようにこれらの能力を補うべきでしょうか.
医療は医師を中心に回っています.
これは現状では変えようのない事実です.
医師の能力の底上げは,看護師の底上げに繋がる可能性があります.
基礎知識としてのマインドの醸成
きちんとこれらの基本事項を,初期研修医のときに教え込まれ吸収し実践している医師は,基本内科の領域とはかけ離れていてもそのマインドは持っています.
たとえば,一流の心臓外科であっても,Gram染色などの基本をとても大切にしている方もいらっしゃいます.
しかし,多くの看護師はCTや超音波やGram染色,さらには細菌培養の結果などの読み方を知らない場合が多いと感じています.
知っている場合は,ごめんなさい.
これらの基本的な知識を学ぶことで,抗菌薬の使い方や感染症診療の原則などもわかります.
そして,マルチモビディティの場合は,全身疾患の表現型としての大腿骨頚部骨折であることも分かるはずです.
それらの,やらなければならない評価項目(たとえばCGA7)などを駆使することで,系統だった評価と介入の方法が立案されるはずです.
多職種と協働する場面が多い看護師にこそ知識は重要
看護師は医師と同様に,多くの多職種と協働することになります.
多職種との協働の際に,看護の視点からといった部分は,生活だけにフォーカスを当てるのではなく,もう少し根拠を持ったアプローチを模索するべきかもしれません.
本来は,入院中であっても健全な日常生活を踏襲すべき
一方で,本来は病院の中でも自宅と同じような生活となることが理想です.
朝,日の出とともに置きて,日暮れとともに就寝と言った具合です.
ところが,日中ベッドの上で生活していると,どうしても寝てしまいます.
わたしがベッドの上で起きてくださいといわれたとしても,120%寝る自信があります.
つまり,看護師はおかしなことを言っているという,メタ認知が必要なのです.
そういうわたしも,同じことを言っています.
時々自分を客観的に見つめる事が必要なことだと思います.
たとえばナイチンゲール
ナイチンゲールが行ったことは,現代においてはすごく当たり前のことです.
わたしがここで書いた事は,日常を病院の中で再現する,という事です.
これは時代を超えてナイチンゲールが現代で活躍していれば,それらの根拠となるデータを分析し改善策を模索していることだと思います.
ナイチンゲールよろしく,データの活用
看護師ももっとデータを活用すべきです.
わたしは前職で基礎データの集積を全症例行っていました.
上司が無鎮静管理にした途端に事故抜管が増えていると言いました.
わたしはエクセルを見直すと,前後で変わらないことが判明しました.
無鎮静管理は,当時の看護師にとってはCrazyに写り,かわいそうだと発言するナースもいました.
現代ではそれが(当時もそのような根拠はありましたが),うそだと言うことが分かるはずです.
ファクトベースで数字を使って議論することは,科学である看護を語るうえで必要不可欠なものとなっているはずです.
ファクトベースの議論を
それではファクトとは何なのでしょうか.
医師が言っていることは,全部ファクトなのでしょうか.
それは,科学に向き合うということだと思います.
学生時代に教わった生理学や解剖学の普遍的な知識は,基本的には10年後も変わることはそうそう無いでしょう.
ところが,現在の常識は10年後には大きく変わっているということは,歴史を見れば必然であることがわかります.
常識はランダム化比較試験で作られます.
ただし,当時の常識・根拠を作り上げた試験にはほころびがいくつもありました.
それらのほころびをなるべくなくした形で,現代の研究は実践されています.
逆に言えば,それほど複雑になっています.
そして近年では,個別化というのも重要な因子であることがわかっています.
個別化は癌領域では遺伝子レベルで,治療薬が決まります.
重症病態でも,特定の治療が効く集団がいることがわかっています.
これからの研究は,もう少し細分化されれいくものと思われます.
看護部としてどうすべきなのか
さて,看護のベースの部分について書きました.
次は看護部の対策について書いてみます.
集中治療部門の看護師が減ることで,病床数を削減しなければならない場合に,どのようなアプローチが取られるべきか.
集中治療室では何が行われているのかというと,治療が行われています.
実は治療というほどのものが行われていないというのは,ICUに造形の深い方であれば分かるはずです.
たとえば,敗血症の場合であれば抗菌薬治療が行われます.
血圧が低い場合に使用される,輸液,ノルアドレナリン,バゾプレッシン,ステロイドなどの薬剤については,どちらかいうと支持療法であり,治療という位置づけではありません.
あくまでも支持療法です.
感染症の治療は,あくまでもソースコントロールです.
そして,付随して抗菌薬があります.
敗血症とは,感染症が原因で起こる臓器障害とされています.
ではなぜ臓器障害が起こるのでしょうか.
これは,以前の敗血症の定義である,全身性炎症反応症候群という表現がしっくり来るはずです.
感染症が原因で過大な炎症をきたした結果,感染臓器とは関係のない臓器にまで障害をきたすことが敗血症とされています.
敗血症は細菌感染のコントロールがつかなくて死亡率が高くなるというよりは,全身性炎症反応の結果の多臓器不全により死亡率が上昇します.
そのような観点からは,臓器保護ということになります.
敗血症の臓器保護
臓器保護とは,たとえば脳死のドナーの臓器保護と基本的には同じです.
目的は大きく異なります.
ドナーの場合は,レシピエントに最善の臓器の状態で提供できるような管理になります.
通常治療でも,臓器保護という観点からは,基本アプローチは同じです.
輸液が必要であれば輸液を行いますし,感染症治療が必要であれば抗菌薬を使います.
肺移植の場合であれば,肺障害を来さないような人工呼吸器設定にします.
前置きが長くなりましたが,これらは何を行っているのでしょうか.
たとえば,高速道路を運転中の車
100㎞で走行中に,ハンドルとアクセルを使って速度の維持と曲がる方向を決めています.
ハンドルを固定したままだと,壁にぶつかってしまいます.
集中治療室で行われていることは,端的にはこれだけです.
悪くなりそうな物があれば,適正範囲内で抑えられるように調整します.
輸液の場合
輸液の例がわかりやすいと思いますので,例に出します.
血管内のボリュームは,少ない,普通,多いにざっくり分けられます.
少ないと多いはどのようにして決めるのかというと,臓器障害です.
ボリュームが多くても少なくても,臓器障害は起こります.
たとえば,腎障害ははるか昔は水を入れておけば大丈夫と認識されている時代もありました.
当然ですが,うっ血腎による腎障害も起こります.
ICU経験の無い人の場合は,これらの臓器障害が出てから対応します.
もっと極端な例だと,ショックになってからあわてて色々行います.
とはいえ,実際はこのようなシチュエーションはよくあるのですが・・
実際はクリアカットではなくグラデーション
ICUに造詣の深い方の場合は,ボリュームステータスにはグラデーションがあるということを認識しています.
たとえば普通の血管内ボリュームと判断した人でも,少なめ,適正,多めに分けられるはずです.
たとえば,少なめの正常ボリュームだとすれば,ほんの少しだけ輸液を行ったり,場合によってはアンストレスドボリュームへのアプローチおとして,静脈系の血管収縮薬を使用して対応する場合もあります.
逆に多めの正常ボリュームであれば,入っている輸液の量を減らして対応したり,場合によっては少しだけ利尿を行うということもできます.
このあたりの微妙なニュアンスは,肺動脈カテーテルがあれば,ある程度定量化して管理する事が可能です.
ところが,臨床研究を行うと肺動脈カテーテルの利点は得られず,ICU領域での使用においては淘汰されているというのが現状です.
これも実は個別化戦略が取られるべきで,肺動脈カテーテルが得意なゾーンとしては,ボリューム過多傾向にある場合が本来は本領発揮されるわけです.
そのため,ICUの中でもCCU系の心収縮が悪いタイプの心不全管理などでは,役に立つものだと思われます.
またまた話が長くなりましたが,看護部も大量の辞職者を出す前にこのようにアプローチを行うべきであったのではないか,ということが言いたいわけです.
突然,年度末のこの時期に続々と退職願を出すわけがありません.
策はいくらでも取れたはず
結果としては,問題を自分たちだけで抱えてしまった結果,なんの対策もとられず見捨てられてしまったと感じたナースが続出してしまった,という結果になるわけです.
集中治療室の場合は,看護師は最後の砦である必要があります.
そこに,一等兵を大量に入れたところで戦いに勝てるはずはありません.
必要なのは,繰り返さないことです.
歴史はなんのために学ぶのか
歴史を学ぶというのは,繰り返さないために学びます.
失敗の本質にも書かれているように,振り返るとおかしな状況なわけです.
まずは認識するということから始めるべきです.
集中治療室でも同じく,常に診断やアセスメントを行い,そのアセスメントの結果をアプライしています.
アプライした結果は,振り返り評価され,治療反応性があればそれらしい診断で良かったのだろうということになります.
逆に治療反応性が悪い場合は,診断やアセスメントが間違っていたということになります.
まさにこの部分で,看護部の戦略として間違っていたから,このような結果になってしまったわけです.
言い換えると,自明の理とも言えるかもしれません.
偶然ではなく必然であったということです.
それを,この時期に巻き返そうとしても巻き返せるはずがありません.
ICUの看護師にもプライドがあり,高度な看護実践を行っています.
AクラスにCクラスの人材を大量に投入されたところで,機能するとは思えません.
知りながら害をなすな
仮に,以前からわかっていた場合はかなり悪質だと思います.
ドラッカーは,知りながら害をなすなと言っています.
すなわち,このような事象が生じることがわかっていて,直前まで行動に移さなかったことは被害を更に拡大していることになります.
先に書いたように,目に見える害となる前に介入する事がベストです.
とはいえ,必ずしもそのような介入は難しいのが事実です.
しかしながら,それがわかっていたとして問題を先送りしていたとすれば,知りがながら害をなしたということになります,
まずは,看護部として普段は何を行っていて,どのような問題があって,どのような介入策を取っているのかを,透明にすべての看護職員に分かるようにすべきだと思います.
現時点では,看護部長に直接疑問点や改善点を提案するようなものはありません.
仮にあったとしても,辛辣な意見となることは目に見えています.
意見は固有名詞で
そこで,匿名ではなく固有名詞を明らかにしたうえで,直接訴えることができる透明性のあるシステムの構築提案が必要になると思います.
人は偉くなると,人の上に立ったような気持ちになります.
絶対にそのようなマインドは避けるべきです.
対等な立場で議論できるような,姿勢が必要であると感じています.
看護師が足りないので診療看護師(NP)を使う
じゃあ看護師が足りないので,診療看護師を使うということになりました.
看護師から言わせると,貴方がた看護師ですよね.
診療看護師側からの意見は,看護師とは異なる業務を行っているわけです.
個人的には,看護マネジメントには苦労してきました.
数千冊のマネジメント関連の書籍を読んだはずです.
実際はこのような看護部の考えは,現場のナースの疲弊を生んでしまいます.
個人的には,現在は診療看護師として割と中枢で働いてるのかもしれませんが,本来は看護師の能力の底上げや離職率の減少などの問題に取り組むために進学しました.
ところが,前職の看護部長にそのような働き方はさせられないと言われて,総合診療の診療看護師として働くことになりました.
わたしの場合いろんな施設で勤務した経験ががありますが,どの病院も似たような感じです.
自分たち看護師はどのように組織に貢献できるのか
おそらくですが,看護師のトップである看護部長は副院長となる場合が多いのですが,多くの場合は収益に関しては他人任せという認識があるのかもしれません.
もちろんベッドコントロールなどの観点からは貢献しているとは思います.
わたしが申し上げているのは,ScienceとしてのMedicalな側面からでございます.
いつかは,看護の仕事に従事したいと思いつつも,実際は診療看護師の仕事ばかりを行ってきました.
どこかでこれらの経験は活かせるものだと思っています.
ところが,看護スタッフとしての実践,かつ単発での支援ではやりたいこともできないですし,能力も発揮することはできません.
やはり,色々とおかしいわけです.
10%が辞職する組織は,本当に健全なのか
お話のなかでは,1割の入れ替えは健全であるとのことでした.
この考え方には大いに反対意見を申し上げたいと思います.
これが普通という前提があるのが,まずおかしいと思います.
何でそのような意見になるかというと,新卒看護師の方がコスパが良いからです.
10年目と1年目でも同じであれば,じゃや1年目でよいね,というのが看護部の考え方です.
わたしの場合は真逆で,1年目目の看護師を厳選し,以前から勤務している看護師を活用したいと思います.
臨床現場の末端で働いていれば,毎年新卒の看護師が入ってくることはそれなりにストレスになります.
1割はやはり多すぎます.
ICUという環境では,特に新卒は狭き門であるのは,世界を見ても割と妥当なんじゃないかと思います.
せめて5%を目指すべきです.
そして,健全なプログラムを策定し,看護としての成果を提示できれば,自ずと人材は定着します.
仮に退職した場合でも,いつでも帰ってこれる体制を策定する
仮に,隣の芝生は青い理論の如く,他の施設に移った場合でも,特に優秀な人材に関しては,いつでも戻って来れるような仕組みを作り上げることが必要になります.
一度組織を離れ,外から自施設を眺めたうえで,それでも自施設に貢献しようとされる方には大いに歓迎すべきです.
なんなら,敢えて一度外に出て自施設のプログラムが強固な基盤に基づいていることを認識させるくらい,より良いものを策定すべきであると感じます.
これが,自施設が楽だったから,という理由で組織貢献もできないような人材が戻って来るようでは本末転倒です.
ほしいのは優秀な人材なわけです.
優秀な医師のもとでは優秀なメディカルスタッフが育つ
とりわけ,優秀な医師のもとでは優秀なメディカルスタッフが育成されます.
何故,なのでしょうか.
それは,そのメディカルスタッフに権限を与えているからです.
P.Pronovost先生は,中心静脈カテーテル流離の際に,看護師に中止の権限を付与しました.
他のバンドルも併せて,結果としてはとても有益な結果となりました.
人材とは,本来は人財であり,財産であるべきです.
パレートの法則は,80:20の法則のことです.
組織を健全に動かしているのは,組織の中の20%とされています.
これは,今まで組織貢献していた20%がいなくなった場合でも,新たに20%の人財が生まれるとされています.
しかしながら,本当に優秀な人財は1%にも満たないと思います.
あまりにも単純計算ではありますが,100人に1人です.
年間100人採用できるような施設は稀有だと思いますが,仮に優秀な人財は1%だと仮定した場合,大病院ですら年間1人にも満たないということになります.
心理的安全性
退職の理由として,ある特定の人によるパワハラまがいの事で悩まれているということでした.
まあ,よくあることです.
個人的には,嘆願書を賛同者に書いていただき提出したことがあります.
さすがに動いてくれました.
だから,看護師も何もできない,聞く耳を持たないではなく,なにかしら行動に移すことが必要です.
昨今は,SNSやインターネットもあり,いわゆる炎上するような案件は,1日経たずとも流布します.
特に,インターネットネイティブ世代に取っては,顕著です.
だからこそ看護部も,これまでのような古い閉ざされた環境であるという認識から脱却し,時代にマッチしていくことが必要になります.
是非,一歩を踏み出してください.
打席に叩かなければ,三振も四球もホームランも何も叶いません.
まずは,打席に立ち何かしら行動に移しましょう.
それが,退職という選択であるということは重々承知しています.
看護師がいなければ,大幅な収益の減収につながることは伝わったと思います.
ただ,看護部には伝わっていないのか,貴方がたがいなくても大丈夫と言った感じで,なんとかして突貫工事で切り抜けようとされています.
皆様の自らのキャリアを投げ売ってまで,退職されるということは非常に辛い選択であったと思います.
一番つらいのは,上層部に自分たちの気持ちが伝わらないことだと思います.
看護部は自らの立ち上がるべきです.
立ち上がるとは,自立・自律のことです.
多職種に依存せず.診療看護師は,都合の良い時に使えるバッファーではありません.