出典: Jung B, et al. Sodium Bicarbonate for Severe Metabolic Acidemia and Acute Kidney Injury: The BICARICU-2 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2025. 1111
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1. はじめに(Introduction)
集中治療室(ICU)において、重篤な代謝性アシドーシス(酸血症)と急性腎障害(AKI)を合併する症例は日常的に遭遇する危機的な病態です。アシドーシスは心収縮力の低下や不整脈、血圧低下などを引き起こし、予後を悪化させる要因となります。
これまで、こうした患者に対して重炭酸ナトリウム(メイロン®など)を投与してpHを補正すべきかどうかについては、長年議論が続いてきました。
以前行われた「BICARICU-1試験」では、全患者群での生存率改善は認められなかったものの、事前に設定された「AKIを合併した患者層」に限れば、重炭酸ナトリウム投与群で死亡率が低下し、腎代替療法(RRT/KRT)の回避率も高まるという結果が示唆されていました。
このBICARICU-1の結果を受け、「AKI合併重症アシドーシスに対する重炭酸ナトリウム投与は本当に予後を改善するのか?」という問いに明確な答えを出すために実施されたのが、今回ご紹介するBICARICU-2試験です。
2. 対象と方法(Methods)
本研究は、フランスの43の集中治療室(ICU)で行われた、多施設共同・非盲検・ランダム化比較試験(RCT)です。
対象患者
以下の基準を満たす成人の重症患者が対象となりました。
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重症代謝性アシドーシス: pH ≤ 7.20 かつ 重炭酸イオン濃度 ≤ 20 mEq/L、PaCO2 ≤ 45 mmHg
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中等症〜重症のAKI: KDIGO分類のステージ2または3
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重症度: SOFAスコア > 4 または 乳酸値 ≥ 2 mmol/L
除外基準
呼吸性アシドーシス、ケトアシドーシス、緊急透析が直ちに(6時間以内に)必要な場合などは除外されました。
介入方法
患者はランダムに以下の2群に1:1で割り付けられました。
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重炭酸ナトリウム群(介入群): 4.2%重炭酸ナトリウム静注を行い、動脈血pH ≥ 7.30を目標に維持する
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対照群(コントロール群): 重炭酸ナトリウムを投与しない
両群ともに、腎代替療法(KRT)の開始基準は標準化されていました(高カリウム血症、無尿、是正されないアシドーシスなど)。
評価項目
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主要評価項目: 90日時点の全死因死亡率。
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副次評価項目: 28日・180日死亡率、KRTの導入率、人工呼吸器使用、ICU滞在日数、感染症発生率など。
3. 結果(Results)
2019年10月から2023年12月にかけて640名の患者が登録され、最終的に627名(介入群314名、対照群313名)が解析対象となりました。
患者の年齢中央値は67歳、約60%が男性でした。
主要評価項目:90日死亡率
両群間で有意差は認められませんでした。
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重炭酸ナトリウム群: 62.1% (195/314)
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対照群: 61.7% (193/313)
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絶対差: 0.4% (95% CI, -7.2 to 8.0; P = .91)
つまり、BICARICU-1のサブ解析で期待されたような「死亡率の改善効果」はこの試験では確認されませんでした。
副次評価項目:KRT(透析)の導入率
死亡率には差がなかった一方で、腎代替療法(KRT)の使用については大きな差がつきました。
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重炭酸ナトリウム群: 35% (109/314)
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対照群: 50% (157/313)
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絶対差: -15.5%
重炭酸ナトリウムを投与することで、KRTの導入を有意に回避、あるいは遅らせることができたという結果です。
安全性・その他
有害事象に有意差はなく、むしろICU獲得血流感染症の発生率は重炭酸ナトリウム群で低かった(4% vs 9%)という結果でした。
これは、カテーテル挿入を要するKRTの実施頻度が減ったことに関連している可能性があります。
4. 考察(Discussion)
本試験の結果は、先行するBICARICU-1試験のサブ解析結果(AKI患者での死亡率改善)とは異なるものでした。
なぜこのような違いが生まれたのでしょうか?
死亡率に差が出なかった理由
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対照群の管理の違い
今回のBICARICU-2では、対照群のKRT導入率が50%と、BICARICU-1の対照群(73%)に比べて低く抑えられていました。
近年の「KRTの導入を待機的に行う(急がない)」という戦略が浸透したことで、対照群の予後が相対的に保たれ、介入による差が出にくかった可能性があります。 -
サンプルサイズの設定
BICARICU-1のデータを元に死亡率の改善幅を大きく見積もっていたため、今回の差(ほぼなし)では統計的な有意差を検出できませんでした。
臨床的な意義
「死亡率を改善しないなら意味がない」と捉えるべきではありません。本試験は、重炭酸ナトリウム投与がKRTの導入を減らすことを強く支持しています。
KRTは侵襲的であり、コストもかかり、合併症のリスクも伴います。
本試験の結果は、重症代謝性アシドーシスとAKIを合併した患者に対し、「まずは重炭酸ナトリウム投与でpHを補正し、KRT導入をギリギリまで待つ」という戦略が安全であり、かつ不要な透析を回避できる有効な手段であることを示唆しています。
5. 結論(Conclusion)
BICARICU-2試験において、重症代謝性アシドーシスおよび中等症〜重症AKIを合併するICU患者に対する重炭酸ナトリウム投与は、90日全死因死亡率を改善しませんでした。
しかし、同治療は腎代替療法(KRT)の必要性を有意に低下させ、かつ安全性も確認されました。したがって、緊急透析の絶対適応がない限り、KRTの導入を回避または遅らせるための「時間稼ぎ(temporizing measure)」として、重炭酸ナトリウムの使用は妥当な選択肢であると考えられます。