ワシントンマニュアル患者安全と医療の質改善より(P85−98)
入院による弊害は様々なものがあります。
下記に記載されているものは、代表的なものですが、これ以外にも感染症や廃用などがあります。
入院するということは、入院しないときよりもメリットがなければいけませんが、日本における入院の選定は実際はデメリットのほうが前面に出る場合もあります。
例えば、最近では新型コロナウイルス感染症(Covid-19)での、比較的元気な患者さんの入院も完全に隔離されてしまいますので、精神面や健康面からいえば弊害の方が強く出てしまう可能性があります。
そのため、というわけでもありませんが、最近では合併症の無い患者さんでは、入院しない選択も増えてきています。
以下に挙げられているものは、代表的な入院による弊害ですが、ある程度予防戦略が示されています。
特に看護ケアとの関連性が強いものですので、看護師は知っておくべき事項であるとも言えます。
Contents
静脈血栓塞栓症
用語について
医療現場で以前最も使用されていた用語は、「深部静脈血栓症」です。
深部静脈血栓症自体は、生命に直結する病態ではありませんが、この血栓(血液の塊)が肺動脈まで飛んでしまうことで、「肺塞栓」になります。
つまり、最も予防すべきは肺塞栓であり、肺塞栓を予防したいのであれば、深部静脈血栓症を予防する必要があります。
つまりここでの用語としては
- 静脈血栓塞栓症(VTE)
- 深部静脈血栓症(DVT)
- 肺血栓塞栓症(PE)
の3ががあります。
DVT+PEがVTEともいえます。
リスク因子
ウィルヒョウの3徴
- 過凝固
- 血液のうっ滞
- 血管内皮傷害
という3つの古典的な徴候があります。
これは、血液凝固を考える上で最も基本的な考え方になります。
看護ケアとしての、予防戦略の中心は血液のうっ滞がメインとなります。
がんなどで過凝固の場合は、血液をサラサラにするような戦略が必要になります。
Well'sスコア
Well's scoreは、VTEのリスク因子を集めたようなスコアリングになります。
例えば、下肢の左右差、頻脈、不動化、リスク因子としての活動性のがんなどがあります。
つまり、このスコアリングをすると言うよりは、予防的戦略としてこれらのリスク因子を毎日チェックすることが必要だといえます。
予防戦略
予防としては、抗凝固療法、弾性ストッキングや観血的空気圧迫装置などの使用になります。
なんといっても、早期離床に尽きるのではないでしょうか。
たとえば、本書に記載されている予防ガイドライン(2009年Chest誌)を引用しますと以下のように記載されています。
患者群 | 推奨 |
血栓症のリスクの高い急性期の内科患者 | 低分子ヘパリン、未分画ヘパリンを1日2−3回、フォンダパリヌクス |
血栓症のリスクの低い急性期の内科患者 | 薬物的予防、機械的予防は推奨しない |
非整形外科手術患者 | 特定の手術や患者リスクに対しては、2009年のChest誌の非整形外科手術患者のVTE予防に対するガイドライン参照 |
整形外科手術患者 | 特定の手術・関節に対しては、2009年のChest誌の整形外科患者のVTEの予防ガイドラインを参照 |
そもそも、予防の重要性はわかっていても、実際には30−50%にしか実施されていなかったという報告もあります。
この研究では、強制的にオーダーのセットを使用することで、VTE予防の実施率が35−55% → 70-85%に増加しています。
このあたりは、わかるーできるー実践できる、といわれる、CAPのGAPといわれるものです。
予防戦略を行わなければならないことは、わかっていますが、それを実践出来ないということは大きな問題です。
これは、ドラッカーのいわれる「知りながら害をなすな」とも通じるところがあるように思います。
知っているのであれば、最大限の努力を各施設で行うべきです。
例えば、看護師だけでもダメですし、医師だけでもダメです。
セラピストや家族なども含めた、全員で実施する必要があります。
転倒
リハ病院の12%、年齢調整で入院患者の18−20%に発生しています。
大規模教育病院では、1000日人あたり、3.38件
何らかの損傷が入院患者の約26%
中等度〜重度の損傷が、全転倒の2.4%
入院患者の転倒の多くが、夕方〜夜間
介助を受けていない患者、バランスを崩し、トイレ関連で発生
傷害の程度に関わらず、入院期間の延長が転倒に伴う費用に大きな影響を与える
この結果は、臨床的実感とも合致するように思います。
やはり、多いのは人での少ない、夜間に多い傾向にあります。
ということは、夜は寝てもらうことが必要です。
しかし、ベンゾジアゼピン系の薬剤で無理やり眠らせたとしても、それはそれで転倒の可能性をあげることになります。
睡眠は、せん妄とも密接な関係性が指摘されていますので、トータルアプローチとしての予防が重要です。
定義(米国看護質指標データベース)
- なし:店頭による二次的な損傷を受けなかった
- 軽度:簡単な介入が必要になった
- 中等度:縫合や副子が必要となった
- 重度:手術やギプス、追加検査が必要となった
- 死亡:転倒に伴う損傷の結果、患者が死亡した
リスク因子
- 年齢75歳以上;粗オッズ比:2.6(95%CI:1.2〜5.6)
- 意識変容:(鎮静や意識障害);調整オッズ比2.73(95%CI:1.2−11.9)
- 転倒歴(調整オッズ比);2.73(95%CI:1.79ー4.16)
- 歩行補助具の使用(調整オッズ比);3.17(95%CI:1.47−6.8)
- 歩行介助者の利用(調整オッズ比);2.08(95%CI:1.31−3.31)
- BMI18.5以下(調整オッズ比);2.35(95%CI:1.17−4.74)
- BMI30以上;1.58(95%CI:1.01−2.48)
- めまい(調整オッズ比);2.12(95%CI:1.05−4.28)
- 失禁(調整オッズ比);1.53(95%CI:1.0−2.33)
- ヒダントイン系抗けいれん薬(調整オッズ比);3.25(95%CI:1.33−7.95)
- ハロペリドール(調整オッズ比);2.8(95%CI:95%CI:1.16−6.77)
- 三環系抗うつ薬(調整オッズ比);2.43(95%CI:1.21−4.9)
- ベンゾジアゼピン(調整オッズ比);2.19(95%CI:1.46−3.29)
- インスリン(調整オッズ比);1.46(95%CI:1.01−2.13)
- 選択的セロトニン再取り込み阻害薬;オッズ比1.04(95%CI:1.04−2.97)
- オピオイド;オッズ比1.59(95%CI:1.4−2.20)
- 非降圧利尿剤;オッズ比1.53(95%CI:1.03−2.26)
予防
効果が証明されたものは残念ながらありません。
カルシウム/ビタミンDサプリメントが転倒を減少させたという報告もあります。
上記に示されたリスク因子を、1つ1つ評価・介入していくしかなさそうです。
すぐにできそうなことは、不要な薬剤の中止です。
そして、リスクのある薬剤をリスクの少ないものへ代替することです。
具体的には、ベンゾジアゼピンをスポレキサントなどに変えるということです。
最も、スポレキサントも比較的新しい薬剤ですので、今後の動向を見守る必要はあると思います。
現時点では、せん妄を予防する可能性も示されていたり、GABAに作動しない薬剤ということもあり、依存の観点からも有用性があるのではないかと思います。
薬剤の調製は、看護師だけでは難しいので、薬剤師を含めた減薬プログラムの作成などで、系統的介入が好ましい様に感じています。
身体抑制
身体抑制は、一般的に3原則のいずれかを満たすことで実施されるべきとされています。
- 切迫性
- 非代替性
- 一次性
例えばこの3原則の観点からは、胃チューブや末梢静脈カテーテル留置に伴う抑制が、適正とはいえないことを示しています。
また、抑制はせん妄のリスク因子とされています。
不穏を抑制により助長し、不穏に対し薬剤での調整を行ったっ結果、転倒や誤嚥等のリスクになります。
身体抑制による弊害
- 自宅退院ができない(統合オッズ比);12.42(95%CI:16−21.52)
- 入院中の死亡(統合オッズ比);11.24(95%CI:6.07−20.83)
- 院内感染(統合オッズ比);3.46(95%CI:1.93−6.22)
- 入院中の転倒(統合オッズ比);6.79(95%CI:3.44−13.39)
子の結果は、抑制を行うから死亡率が高くなると言うよりは、抑制が必要な人は重症度が高い等の問題があるのかもしれません。
とはいえ、身体抑制による弊害として、抑制を行う機会のある医療者は肝に命じておくべきデータです。
身体抑制を行うと、アクティビティ(ADL)が低下しますので、自宅退院ができなくなることは理解しやすいのではないでしょうか。
入院中の死亡に関しても、肺塞栓や誤嚥性肺炎などのリスクになりますので、これほどまでに高い統合オッズ比までの影響は与えないとしても、高い関連性があるように感じます。
褥瘡
褥瘡の一般的な合併症は、感染
潰瘍周囲の局所感染から、骨髄炎まで程度は様々
褥瘡は、2−6時間で発症しうる
入院中に新規に褥瘡を発症するのは、4.5%と推定
脊髄損傷や脳梗塞患者さんでは、褥瘡患者の17%が骨髄炎となった
褥瘡感染は、院内死亡・入院日数・再入院率が高い
定義
米国諮問委員会(NPUAP)によるステージングが一般的です。
米国では、ステージIII/IVの褥瘡に進行することで、病院は罰せされるため入院に伴う悪化は避けなければなりません
そのため、入院時に褥瘡形成したことを確認する目的で、皮膚損傷の確認は綿密に行っておく必要あります。
リスク因子
不動・栄養不良・韓流低下・感覚障害など、100以上の因子が特定されています。
予防
低圧マットレスなどの使用により、褥瘡発生リスクの軽減に寄与します。
一般的には、2時間毎の体位交換が必要とされています。
低圧マットレスであれば、4時間毎の体位交換でも褥瘡形成に差はなかったという研究もあります。
栄養不足の評価を行い介入すべきとされています。
亜鉛や銅なども不足も創傷治癒との関連性が指摘されていますが、明確な根拠には乏しいようです。
栄養不足のない患者さんに対して、過剰な栄養を補う必要があるのかはわかっていません。
わたしたちの臨床的な一般的戦略としては、実体重x25を目標カロリーとしますが、不足しているようであれば増量しています。
特に、サルコペニアと呼ばれる筋肉量の少ない方に行っています。
筋トレと同じく、タンパク質摂取量も重要と言われています。
また、過栄養により血糖値が上昇することがありますので、血糖値が上昇しない程度に栄養量を調整します。
血糖値が上昇すると、インスリンがでることで脂肪が増加します。
体重減少は積極的栄養管理の1つの目安ですが、脂肪が増加しても体重ばかり増えて意味がありませんので、筋肉量を増やすような栄養管理が理想といえます。
まとめ
本書では、入院に伴う3つの弊害の予防について記載しました。
本文中にも書かれているように、米国では入院中にこれらの合併症を生じた場合は、医療者の責任が取られ金銭的優遇等に影響を与えるそうです。
金銭だけの問題ではありませんが、是非とも看護師が中心となり予防プログラムの策定と成果について公表していくことが必要だと思います。