はじめに
読書 Less is Moreを読んで、鎮痛を書いていたら量が多くなってしまいましたので、鎮静を書きました。
薬の使い方に関しては、あまり書いていません。
特に人工呼吸中の持続鎮静薬の使い方は、臨床効果を最も重視すべきです。
それぞれの鎮静薬には特徴がありますが、その前に必要なのは痛みの評価です。
痛みの評価ができてはじめて、鎮静の必要性に移ります。
鎮静について
前回、医療を受けている人は苦痛を生じている可能性があるということを書きました。
苦痛にも様々ありますが、まずは痛み止めを適切に使うことが苦痛除去への第一歩となります。
痛みは最大の苦痛とも言ってよく、がんと闘っている人が痛みに耐えきれず、絶望を感じたという話はよく聞く話かもしれません。
痛みは人の人格も狂わせ、湯呑みを投げつけられたという人もいました。
けれども、痛みを緩和することで前回投げつけたはずの湯呑みでお茶を出してくれたという話を聞いたこともあります。
集中治療の世界には、PADISガイドラインというものがあります。
Pとは痛みのことです。
まずは、痛みの評価そして介入と評価を行いましょうというところから始まります。
そして、痛みに対する介入が不要、もしくは介入して再評価などの形になってはじめて鎮静の評価になります。
PADISのAはAgitation(不穏)のAです。
鎮静とは、よく間違って理解している人がいますが、正常の状態を眠らせることではありません。
正常の状態の人には、鎮痛を要する場合であっても、鎮静は必ずしも必要というわけではありません。
鎮静とは、過活動の状態を正常以下に抑えるためのものが鎮静ということになります。
過活動とはどういう状態かというと、普通の人は目を開けていますが普通に会話できます。
でも過活動の人は、目を開けてはいますがソワソワしたり、時には好戦的であったりという状態です。
たまに、酔っぱらい同士の喧嘩などがありますが、そんな状態が不穏の状態になります。
酔っぱらいの喧嘩に口を出しても、巻き添えになるだけ時間の無駄です。
ところが、病院に入院中の患者さんの場合は放置する訳にもいきません。
過活動な状態を緩和させるために、薬剤を使用します。
その前に、どのくらい過活動なのかを評価し、医療者全員がある程度共通した認識で「不穏」を捉える必要があります。
そのためのツールがRASSと呼ばれるものにになります。
日本語だとリッチモンド不穏鎮静スケールみたいな感じでしょうか。
リッチモンドとは、開発された土地の名前なので、どうでも良いのですがRASSの特徴は不穏も過鎮静もどちらも評価できるという点が優れています。
そして、正常を0として、過活動をプラス、鎮静をマイナスで表記します。
過活動の場合は、鎮静を要することがほとんどです。
RASSのプラス評価は+1 ~ +4まであります。
+1はソワソワした状態で、なんだか落ち着きがないな、くらいです。
そのため、割と話もできますが、正常な状態でもありません。
鎮静剤は使い方によっては、少量使用する事で気持ちよくなってしまい変に興奮してしまうことがあります。
鎮静剤を使っている場合は、鎮静の影響でRASSがプラス1になっている可能性というのも考えても良いかもしれません。
そんなときは、思い切って鎮静を一度OFFにしてみるというのは、評価としてはとてもわかり易いです。
鎮静をOFFにして、RASSが+2以上になる場合は、鎮静剤が効いていたと考えて、鎮静剤を再開すれば良いです。
一方、鎮静をOFFにしてRASSが0になる場合は、鎮静剤の影響でRASSがプラスになっていたと考えるべきです。
よくわからない場合に鎮静剤をOFFにするときには、いつでも鎮静剤を再開できるようにスタンバイさせておくと、突然暴れだした場合でも対応可能です。
そのときには、1時間かけて鎮静剤を使用していた量位を、ボーラス投与することで大抵は落ち着きます。
この辺は臨床効果ですので、それでも落ち着かない場合は、もう一度同じ量位をボーラス投与します。
ボーラス投与とは、塊という意味ですので、例えば1時間かけて5mg投与されていれば、5mgの鎮静剤を塊で投与するという意味になります。
気をつけるべきは、鎮静剤をボーラス投与してはいけないものもあります。
デクスメデトミジンというとても便利な鎮静剤は、ボーラス投与禁忌の代表と言えるでしょう。
不穏の時に気をつけることは、Re-olientationです。
リ・オリエンテーションとは、現状の再認識です。
入院中の患者さんは、変な言い方をすると監禁状態です。
映画などで見かけることもある、牢獄の監禁部屋は窓もありません。
集中治療室でも、昔の設計のところは窓が無い(あっても見えない)ところがあると思います。
外が見えるということは、良いことですが一方でプライバシーの問題も生じます。
人間は、朝起きて太陽の光を浴びることで体内時計をリセットするとされています。
そのへんの、真偽については詳しく知りませんが、メラトニンが強く影響していることは確かなようです。
夜は基本的には寝るものです。
そして、寝る時間だと脳に知らせるのは太陽の光が最も簡単だと言えます。
暗くなったら寝る、明るくなったら起きる、というのはとても理にかなっているのではないでしょうか。
現代では、夜でも光がありますので24時間世の中は活動しています。
便利になった一方で、身体には良くないことをしています。
入院患者さんも同じで、夜になっても集中治療室は明るいことが多く、夜だと認識できていないこともあります。
繰り返し、現状を認識させるように確認を行い、時計やメガネや補聴器などを上手に利用して、現状認識を促すことが不穏を解消するための第一歩です。
患者さんは何故不穏になるのでしょうか
それは、くり返しますが現状認識ができていないことが1つ挙げられます。
他には、鎮静剤の影響による記憶の喪失があります。
これは、妄想的記憶と呼ばれておりとても厄介なものです。
例えば、統合失調症の特徴は幻聴が有名です。
通常は、幻聴だと分かるはずですが、統合失調症の場合は他者が言っていることと幻聴を統合できない状態になっています。
そのため、幻聴を本当の声だと認識して、ときに社会問題になります。
ここでは、統合失調症のことが言いたいのではなく、あくまでも一例として挙げただけで、統合失調症でもきちんと診断され管理されていれば普通の生活を送っているケースがほとんどだと思います。
妄想的記憶の場合も、ここに挙げた幻聴に近いような状況が問題になります。
鎮静剤の種類によっては、一定期間の記憶が喪失してしまいます。
記憶の喪失の結果、何が起こるかというと、記憶を妄想的記憶により穴埋めしてしまうということが問題になります。
妄想的記憶とは、都合のよいように置き換えられることもあり、悪夢に近いような状態ともなり得ます。
パズルのワンピースが足りないときに、自分でパズルのピースを作成してしまうようなものです。
パズル自体は、一見完成しているように見えますが、一部分のピースに関しては明らかに異なるものであるわけです。
これは、他者がみれば明らかなのですが、本人はそれが本当のことだと信じて疑わない状態になりますので、不完全な状態でパズルは本人の中で完成しています。
いくら説得しても、わからない状態になって暴れてしまうという場合は、妄想的記憶による影響かもしれません。
このような場合は、鎮静剤を使用するしか無い場合もあります。
長期的には、日記を第3者が書いてその日記を見直すことで、妄想的記憶を真実の記憶に置き換えるという作業も一定の効果はあるようです。
不穏のもう一つの原因は、医原性によるものです。
例えば、集中治療室ではチューブ類の抜去が大きな問題になります。
問題を大きくしているのは、実は医療者であり、患者さんは被害者である場合が多いのですけど。
普通に生活していれば、鼻がかゆいとか、頭がかゆいとか、鼻が詰まるとかつい手で触ってしまうシチュエーションは多いです。
つい手で触ってしまうから、コロナなどの感染症に罹ってしまうのですが‥ それは置いておいて。
最近は、普通に過ごさせてくれる看護スタッフも増えてきましたが、顔を触ろうとする場合は全力でその手を抑えにかかるスタッフがとても多かったです。
今でも、そのようなスタッフは沢山いますが最近は周知も進んできていますので、普通の行動が取れるような環境も徐々にではありますが、整いつつあります。
個人的には、集中治療室に入室して、顔も触らせてくれないのであれば死んだほうがマシだと思うかもしれません。
実際に、集中治療室では苦痛がとても多く、集中治療室退室後の外傷後ストレス障害/外傷後ストレス障害症候群に陥る患者さんは多いとされています。
すこしでも快適な入院生活を送ることは、長期的にも作用します。
もう一つ不穏になる原因は、現状理解の不足です。
たとえば、多発外傷で気管挿管され、四肢抑制されている患者さんがいたとします。
使用していた鎮静剤を減量し、意識の確認を試みたとします。
患者側の立場で考えてみましょう、ふと覚醒すると両手が縛ってあり、声はでなくて喉は痛く、鼻にもなにか入っている。
よくわからない状態なので、とりあえず暴れてみると突然医療者が沢山あつまってきて、馬乗りになって抑えられる。
もはや攻撃されているとしか思えなくなり、さらに暴れるといった状況は容易に推測できます。
つまり、患者さんが覚醒したら現状を伝えてあげましょう。
自己紹介をして、ここは〇〇病院で、今こういった状況です、といった感じです。
でも聞いているだけではよくわかりませんので、客観的に見てもらうというのが一番良いです。
鏡を使うというのは、最も手っ取り早いです。
気管チューブはこのようになっていますので、今現在は〇〇の病状でまだ必要です。
改善したら、このチューブを抜来ますので、自分では気持ち悪いからと言って抜かないようにしてください。
仮に、我慢できななければ鎮痛や鎮静で調整しますので教えて下さいね、と言う感じですね。
病院は治療を行う場所でありつつも、生活を行う場所でもあります。
生活については、患者さんと一緒に創り上げていくものです。
「病院の決まりだから」と一蹴するのではなく、できることは無いか考えることが必要です。
鏡の有用性も書きましたが、家族との画面越しの面会は、自分の現状も確認できて周囲の家族のことも確認できるので、自分をより客観的に認識するのに役立つはずです。
多くの病院では、携帯電話禁止などの措置が取られていますが、時と場合によっては直接電話を行うことで全てがうまくいく場合もあります。
一概に、だめと伝えるのではなく、今回だけは特別に許可しますね、という感じもありだと思います。
ただ、何でもかんでもOKにしていては、病院の秩序も重要ですので申し送りを行う必要があります。
ここまでは主に、不穏について書いてきました。
低活動の場合
鎮静の把握では、逆に元気が無い状態にも注視すべきです。
医療者からしてみれば、ナースコールやクレームが少ない人はありがたいとされがちです。
でも、時には低活動性せん妄やうつ状態であったりもします。
先に書いた、RASSが0以外の人というのは「普通の状態」ではありません。
つまり、何かおかしいのです。
暴れるのもおかしいし、おとなしすぎるのもおかしいのです。
よくあるのは、せん妄です。
せん妄は、急性脳傷害ともいわれる、多臓器障害の1つと認識されています。
例えば、心不全・腎不全・肝不全とおなじく、脳機能不全という機能障害になります。
一般的には可逆的(もとに戻る)はずですが、長期的な生命予後は悪いとする研究結果も存在します。
外傷後ストレス障害との関連性も指摘されています。
何度も繰り返していますが、原疾患の治療に加え、リ・オリエンテーションとしての介入できることは無いか、不要なカテーテルや薬剤は無いか、といった感じで、なるべく普通の人間に近づけるような努力が必要になります。
一度、低活動となってしまえば、リハビリや食事も進まなくなります。
食事が進まないと筋肉はつきませんし、リハビリを行わなければお腹もすきません。
つまり、悪循環に陥ります。
医療とは、結構医原性にこのような悪循環に陥っている場合があります。
例えば、医師の慣例的な指示により、「床上安静」とオーダーされていれば、本来トイレに行けるような人がベッド上で排泄をせざるを得ないこともあります。
毎日、少なくとも1回は必ず見直すべき、評価すべき事項です。