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はじめに
医療の現場でしばしば耳にする「アシネトバクター」があります.
この細菌は、特に病院内で問題となることの多い、厄介な存在です.
今回は、このアシネトバクター感染症について、その特徴から最新の治療法までを詳しく解説します.
アシネトバクターとは?なぜ問題になるのか?
アシネトバクターは、通常は土壌や河川など自然環境に広く生息しているグラム陰性桿菌です.
ヒトの皮膚などにも常在することがあります.
しかし、ひとたび病院環境に入り込むと、その生命力の強さから様々な場所に定着し、特に免疫力の低下した患者さんにとって、重篤な感染症の原因となり得ます.
中でも問題視されているのが、「アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)」という種類です.
この菌は、人工呼吸器を使用している患者さんや、集中治療室(ICU)に入室している患者さんなどで、肺炎や血流感染症といった重篤な感染症を引き起こすことがあります.
臨床で見られるアシネトバクター感染症
アシネトバクターは、様々な臓器に感染症を引き起こします.
最も一般的なのは肺炎で、特に人工呼吸器関連肺炎(VAP)の原因菌として重要です.
その他にも、敗血症、尿路感染症、創部感染症など、全身のあらゆる部位で感染症を起こす可能性があります.
アシネトバクター感染症の恐ろしい点は、患者さんの基礎疾患(糖尿病や悪性腫瘍など)や、長期入院、抗菌薬の使用といったリスク因子があると、より重症化しやすい傾向にあることです.
薬剤耐性という壁:特にカルバペネム耐性アシネトバクター(CRAB)
アシネトバクター感染症の治療を非常に困難にしているのが、「薬剤耐性」の問題です.
アシネトバクターは、多くの抗菌薬に対して耐性を獲得しやすい性質を持っています.
特に深刻なのが、「カルバペネム耐性アシネトバクター(CRAB)」です.
カルバペネム系抗菌薬は、多くの細菌感染症に対して強力な効果を持つ「切り札」とも言える薬剤ですが、アシネトバクターはこれに対しても耐性を持つ株が出現しています.
CRABは、治療選択肢が非常に限られてしまうため、世界的に最も懸念されている薬剤耐性菌の一つであり、「緊急性の高いcritical」な病原体としてリストアップされています.
日本国内でも、海外渡航歴のない症例からCRABが検出されており、国内での伝播も懸念されています.
診断から治療へのアプローチ
アシネトバクター感染症の診断は、感染が疑われる部位からの検体(喀痰、血液、尿など)を採取し、培養検査によってアシネトバクターを分離・同定することによって行われます.
同時に、分離された菌がどのような抗菌薬に効果があるかを調べる「薬剤感受性試験」が非常に重要となります.
治療は、この薬剤感受性試験の結果に基づいて、効果が期待できる抗菌薬を選択することが基本となります.
しかし、前述の通り、アシネトバクターは薬剤耐性を持つことが多いため、治療薬の選択には細心の注意が必要です.
治療薬の選択肢と最新情報
アシネトバクターに対する抗菌薬治療は、菌の薬剤感受性によって大きく異なります.
感受性がある場合には、β-ラクタム系抗菌薬(セフェム系やカルバペネム系など)、アミノグリコシド系、フルオロキノロン系などが使用されます.
特に、カルバペネム系抗菌薬に感受性があるアシネトバクターに対しては、カルバペネム系抗菌薬が第一選択肢の一つとなります.
しかし、CRABの場合、使用できる抗菌薬は非常に限られます。このような場合には、スルバクタム/アンピシリン、テトラサイクリン系(チゲサイクリン、ミノサイクリン)、コリスチンなどが治療薬の候補となります.
スルバクタム/アンピシリンは、IDSA(アメリカ感染症学会)のガイドラインでもCRABに対する第一選択肢の一つとして挙げられており、高用量・頻回投与が推奨されています.
ただし、最大投与量に注意が必要です.
チゲサイクリンもCRABに対する治療選択肢となりますが、その使用については賛否両論があり、他の薬剤が使用できない場合などに検討されます.
コリスチンは、多剤耐性菌に対して有効な古い抗菌薬ですが、腎毒性などの副作用が問題となるため、その使用には注意が必要です.
重症例や、複数の薬剤に耐性を持つ菌に対しては、複数の抗菌薬を組み合わせて使用する併用療法が検討されることもあります.
これは、単剤では効果が不十分であったり、耐性が出現するのを抑えたりする目的で行われます.
ただし、併用療法の有効性については、まだ十分なエビデンスが確立されていない場合もあります.
治療に際しては、患者さんの全身状態、感染部位、薬剤感受性試験の結果、そして抗菌薬の体内への移行性や副作用などを総合的に考慮して、最適な薬剤と投与量、投与期間を決定する必要があります.
特に、複雑な症例や多剤耐性菌による感染症の場合には、感染症専門医へのコンサルテーションが強く推奨されます.
また、抗菌薬治療だけでなく、感染源のコントロールも重要です.
例えば、人工呼吸器関連肺炎であれば、適切な口腔ケアや人工呼吸器回路の管理などが感染対策として行われます.
薬用量と投与方法の例
具体的な抗菌薬の投与量や投与方法については、患者さんの状態や使用する薬剤によって異なりますが、一般的な例として以下のようなものが挙げられます(詳細は添付文書や最新のガイドラインを参照してください).
- メロペネム: 1-2gを1日3回、点滴静注で投与されることが多いです(髄膜炎の場合は投与量や回数が異なります).
- セフェピム: 1-2gを1日2回、点滴静注で投与されることが多いです.
- スルバクタム/アンピシリン: IDSAの治療ガイドラインでは、1日総量18-27g(スルバクタムとして6-9g)を分割して点滴静注することが推奨されています(添付文書上の最大投与量にも留意が必要).
- ミノサイクリン: 100mgを1日2回、点滴静注で投与されることが多いです.特に中等症以下の感染症で検討されます.初回の投与量を増量することもあります.歯着色などの副作用に注意が必要です.
- チゲサイクリン: CRABに対する治療薬として検討されます.
- コリスチン: CRABに対する治療薬として検討されますが、腎毒性などの副作用に注意が必要です.
これらの薬剤は、国内で承認されている用法・用量や、海外のガイドラインで推奨されている用法・用量があり、状況に応じて使い分けられます.
まとめ
アシネトバクター感染症、特に薬剤耐性を持つCRABによる感染症は、医療現場における大きな課題です.
適切な診断に基づき、薬剤感受性試験の結果を最大限に活用し、利用可能な治療薬の中から最適なものを選び、慎重に治療を進めることが求められます.
また、感染対策を徹底し、薬剤耐性菌の発生や拡大を防ぐことも、非常に重要です.
アシネトバクターとの闘いは続いていますが、研究が進み、新しい治療法や薬剤の開発も期待されています.
医療従事者と患者さんが共に協力し、この手ごわい菌に立ち向かっていくことが重要です.