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AKIって何?最新の定義を確認しよう
急性腎障害(AKI: Acute Kidney Injury)は以前「急性腎不全(ARF)」と呼ばれていましたが、より早期の腎機能低下も含める概念として名称が変更されました。
2012年のKDIGOガイドラインによると、AKIは以下のいずれかの基準を満たすものとされています:
- 48時間以内に血清クレアチニンが0.3 mg/dL(26.5 μmol/L)以上上昇
- 7日以内にベースラインから1.5倍以上の血清クレアチニン上昇
- 6時間で尿量が0.5 mL/kg以下
ただし、尿量基準については「70kgの成人男性なら6時間で210mL、1日換算で840mLとなり、健康な人でも水分摂取が少なければこの基準を満たしてしまう」という批判もあります。実際、多くの専門家はこの基準だけでAKIと診断することには懐疑的です。
病院で発生するAKIの約65〜75%は腎前性疾患と急性尿細管壊死(ATN)によるものです。今回はこの2つに焦点を当てていきます!
腎前性AKIのメカニズム - 「水不足で腎臓が渇いている状態」
腎前性AKIとは、簡単に言えば「腎臓自体には問題がないけれど、腎臓に十分な血液が届いていない状態」です。これは主に以下の2つの状況で起こります:
- 全身の血液循環が悪くなり、腎臓も含めて全身の臓器への血流が減少
- 選択的に腎臓だけの血流が減少
体が血圧低下を感知すると、交感神経系が活性化し、レニン-アンギオテンシン系や抗利尿ホルモンの分泌が促進されます。これにより血管が収縮し、心機能が刺激され、血圧維持を図ろうとします。ただ、この反応は腎臓にとっては諸刃の剣。腎血流が減少してGFR(糸球体濾過率)が低下してしまうのです。
腎前性AKIの代表的な原因
- 真の体液量減少:嘔吐、下痢、出血、利尿薬、発汗、火傷など
- 低血圧:ショック(出血性、心原性、敗血症性)、重度高血圧の急激な治療後
- 浮腫状態:心不全(心拍出量↓)、肝硬変(内臓血管プーリング+全身血管拡張)
- 選択的腎虚血:両側腎動脈狭窄や片側腎動脈狭窄(単一機能腎の場合)
- 薬剤性:NSAIDs、ACE阻害薬/ARB、カルシニューリン阻害薬など
NSAIDs
NSAIDsは主に低血流状態(体液量減少、心不全、肝硬変)の患者で問題になります。これらの状態では血管収縮物質(アンギオテンシンIIやノルエピネフリン)に対抗するため腎臓内でプロスタグランジン合成が増加していますが、NSAIDsがこれを阻害してしまうのです。
急性尿細管壊死(ATN)- 「腎臓の細胞が傷ついた状態」
長時間または重度の虚血が続くと、腎前性AKIから一歩進んで急性尿細管壊死(ATN)に至ることがあります。ATNでは尿細管上皮が剥離し、管腔が細胞破片やキャストで閉塞するなどの組織学的変化が生じます。
ATNの3大原因は以下の通りです:
- 腎虚血:特に低血圧、手術、敗血症を伴う重度の腎前性疾患
- 敗血症:腎前性因子(腎灌流低下や全身性低血圧)と関連していることが多い
- 腎毒性物質:
- 薬剤:バンコマイシン、アミノグリコシド、シスプラチン、ペンタミジン、テノホビルなど
- 造影剤
- 内因性物質:ヘムタンパク質(横紋筋融解症や溶血時)
- その他:マンニトール(大量投与時)、合成カンナビノイド(SPICE, K2)など
クリニカルパール
心不全ではATNは稀な合併症です。また肝硬変では、他のリスク因子(低血圧や出血、アミノグリコシド療法など)がない限り、長期の腎虚血だけでATNに至るかは不明です。
診断の3本柱 - 腎前性AKIとATNの鑑別
臨床の現場で腎前性疾患とATNを鑑別するための3つの主要なアプローチをご紹介します
1️⃣ 尿検査と尿沈渣
腎前性AKIでは尿検査は基本的に正常!硝子円柱が見られることもありますが、これは異常所見ではありません。
一方、ATNの典型的な尿所見は:
- 泥状褐色顆粒円柱
- 上皮細胞円柱
- 遊離腎尿細管上皮細胞
ただし注意点が2つ!
- 軽度のATNや非乏尿性ATNでは尿所見が比較的正常なこともある
- 高ビリルビン血症だけでも顆粒円柱や上皮細胞円柱が出現することがある
2️⃣ ナトリウム分画排泄率(FENa)
尿中ナトリウム濃度だけでなく、FENaを測定するのがベストプラクティスです。尿中Na濃度は水分再吸収の影響を受けますが、FENaはナトリウム処理だけを測定するため、より信頼性が高いです。
計算式はこちら:
FENa (%) = [(尿中Na × 血清Cr) / (血清Na × 尿中Cr)] × 100
目安となる値
- 腎前性AKI:FENa < 1%(ナトリウム保持を示す)
- ATN:FENa > 2%
しかしFENaにも限界があります:
- 性腎前性疾患(肝硬変や心不全など)に重なるATNではFENa < 1%のまま
- 利尿薬使用中の患者ではFENaが上昇(この場合は尿素の分画排泄率が有用かも)
- 急性糸球体腎炎、血管炎、横紋筋融解症、造影剤腎症などでもFENa < 1%となりうる
3️⃣ 体液補充への反応 - ゴールドスタンダード
体液量減少による腎前性AKIとATNを区別する最も確実な方法は、体液補充への反応を見ることです。
体液量減少の徴候(低血圧、冷たい四肢、低FENaなど)を改善させるのに十分な輸液を行い、24〜72時間以内に血清クレアチニンが元のベースラインに戻れば腎前性AKIと考えられます。一方、持続するAKIはATNを示唆します。
実際には、腎前性AKIとATNの中間的な病態を示す患者もいます。例えば、FENaが低い(腎前性の特徴)にもかかわらず、尿中に顆粒円柱や腎尿細管上皮細胞(ATNの特徴)が見られるケースです。
治療アプローチ - 原因に応じた対応を
腎前性AKIの治療は原因に応じて異なります:
- 体液量減少**:適切な体液補充(等張食塩水やバランス型晶質液など)
- 心不全:心機能の最適化、適切な前負荷・後負荷の調整
- 肝硬変:アルブミン投与、過剰な利尿を避ける
- 薬剤性:原因薬剤の中止または減量
体液補充の速度は低血量症の重症度によって調整
- 重度の低血量症/ショック → 1〜2Lを急速投与
- 軽度〜中等度の低血量症 → より緩やかな速度で投与
心不全や肝硬変の患者では、過剰な体液投与は肺うっ血などを悪化させる可能性があるため注意が必要です。
まとめ
最後に、明日から使える実践ポイントをまとめます
- 患者さんの「ストーリー」を理解する:嘔吐・下痢の病歴、低血圧エピソード、腎毒性薬剤の使用など、AKIの原因となりうるイベントを探る
- 尿所見を丁寧に評価:顆粒円柱や上皮細胞円柱はATNを示唆(ただし軽度のATNでは正常なことも)
- FENaを計算:1%未満なら腎前性AKIの可能性が高い(ただし上述の例外あり)
- 適切に体液負荷:体液量減少が疑われれば体液補充を試み、24〜72時間以内に腎機能が改善すれば腎前性AKIの診断が支持される
- 原因に合わせた治療:体液量、心機能、肝機能などを最適化し、腎毒性薬剤を避ける