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クリプトジェニックストロークの定義
クリプトジェニックストロークとは、徹底的な血管、心臓、および血清学的評価を行ったにもかかわらず、明確な心原性塞栓症、大動脈アテローム性動脈硬化症、または小動脈疾患に起因しない脳梗塞と定義されています。つまり、標準的な検査をしても原因がわからない脳梗塞のことです。
一方、「原因不明の塞栓性脳卒中」(ESUS: Embolic Stroke of Undetermined Source)という概念もあります。これはクリプトジェニックストロークのサブセットで、ラクナ梗塞ではない脳梗塞で、近位動脈狭窄や心原性塞栓源がないものと定義されています。ESUSの診断基準は以下の通りです:
- CTまたはMRIで検出された非ラクナ性の脳梗塞(ラクナ梗塞はCTで最大径1.5cm以下、MRI拡散強調画像で2.0cm以下の皮質下梗塞と定義)
- 虚血領域に供給する動脈の50%以上の狭窄を引き起こす頭蓋外または頭蓋内の動脈硬化症がない
- 主要な心原性塞栓源がない(心房細動、心房内血栓、人工心臓弁、心臓腫瘍、僧帽弁狭窄症など)
- その他の特定の脳卒中原因が特定されていない(動脈炎、解離、偏頭痛、血管攣縮、薬物使用など)
なぜクリプトジェニックストロークは重要か?
実は脳梗塞全体の25〜40%がクリプトジェニックストロークに分類されるという疫学データがあります。つまり、かなりの割合の患者さんが「原因不明」と診断されているわけです。原因がわからないと適切な二次予防策を講じることが難しくなりますから、この分野の理解を深めることは臨床的に非常に重要です。
考えられるメカニズム
クリプトジェニックストロークの病態生理は多様であると考えられています。主な仮説としては:
1. 潜在的な心臓由来の塞栓症
- 潜在性発作性心房細動(occult paroxysmal AF)
- 大動脈のアテローム性疾患
- 心房性心筋症(左房肥大、心房線維症、プロBNP上昇など)
2. 奇異性塞栓症
- 卵円孔開存(PFO)を通じた塞栓症
- 心房中隔欠損症
- 肺動静脈奇形などの心外性シャント
3. 未定義の血栓性素因
- 抗リン脂質抗体関連の過凝固状態
- 潜在的悪性腫瘍に関連する過凝固状態
4. 狭窄度が低い脳血管疾患
- 50%未満の狭窄を引き起こす頭蓋内および頭蓋外の動脈硬化性疾患
- その他の血管障害(解離など)
臨床的特徴
クリプトジェニックストロークの患者さんは、典型的には塞栓性脳卒中と同様に、突然の局所神経学的欠損で発症します。脳画像では、多くが表在性半球性(「塞栓性」)梗塞のパターンを示します。また、失語症や顔面上肢の運動症候群などの皮質関与を示す症候群で発症することもあります。
いくつかの研究によると:
- 皮質徴候は患者の約27%に存在
- 突然の発症は59%の症例で見られる
- ラクナ症候群は稀で、通常5%未満
- 表在性半球梗塞は62〜84%の患者に発生
興味深いことに、クリプトジェニックストロークの重症度は、心原性塞栓性脳卒中よりも軽度で、ラクナ梗塞よりも重度である傾向があります。米国の全国レジストリデータによると、クリプトジェニックストロークの患者は心原性塞栓性脳卒中の患者よりも軽度の症状を示しています(NIHSSスコアの中央値は3対5)。
診断アプローチ
クリプトジェニックストロークは除外診断です。標準的な評価で明確な原因が見つからない場合に診断されます。
標準的評価に含まれるもの:
- 病歴と身体検査
- 脳画像検査(CTまたはMRI)
- 血管イメージング(MRA、CTA、頚動脈超音波など)
- 心臓評価(心電図、最低24時間の心臓モニタリング、心エコー)
- 基本的な血液検査
追加評価:
標準的な評価で原因が特定できない場合、さらなる検査が必要です:
- 長期心臓モニタリング(30日間など):特に50歳以上、P波形態異常、頻発する期外収縮、心房肥大、心臓バイオマーカー上昇などがある患者に推奨
- 高度な心臓イメージング(心臓MRIなど)
- 高度な血管検査(従来の血管造影、高解像度MRAなど)
- 血液学的検査(動脈性過凝固状態など)
PFO関連脳卒中の評価:
最近の知見では、塞栓性脳卒中で中等度〜高リスクのPFOを持ち、包括的な評価にもかかわらず他の明らかな脳卒中原因がない患者は「PFO関連脳卒中」として認識されるようになっています。Risk of Paradoxical Embolism(RoPE)スコアやPFO-associated stroke causal likelihood(PASCAL)分類システムを使用して、PFOが脳卒中の原因である可能性を評価することができます。
治療アプローチ
クリプトジェニックストロークの急性期治療は他の虚血性脳卒中のサブタイプと同様です。二次予防としては、ほとんどの患者さんに血圧管理、抗血栓療法、スタチン療法、生活習慣の改善が推奨されます。
抗血小板療法:
初回のクリプトジェニックストロークに対しては、長期的な心臓モニタリングの結果を待っている間は抗凝固療法よりも抗血小板療法が推奨されています。
抗凝固療法:
重要なことに、ESUSに対する経験的な抗凝固療法は、複数の大規模臨床試験(NAVIGATE-ESUS、RE-SPECT ESUS、ARCADIAなど)で抗血小板療法に比べて有益性が示されていません。そのため、クリプトジェニックストロークに対して経験的に直接経口抗凝固薬(DOAC)を使用すべきではありません。
ただし、長期モニタリングで心房細動が検出された場合は、発作の持続時間にかかわらず、ワルファリンまたはDOACによる抗凝固療法が推奨されます。
PFO閉鎖:
60歳以下で塞栓性虚血性脳卒中を持ち、PFOがあり、包括的な評価にもかかわらず他の明らかな脳卒中原因がなく、PASCAL分類によってPFOが脳卒中の原因である可能性が「可能性あり」、「おそらく」、または「確実」とされる患者のほとんどに対しては、抗血小板療法に加えて経皮的PFO閉鎖が推奨されています。
予後
他の脳卒中サブタイプと比較して、クリプトジェニックストロークは3ヶ月、6ヶ月、1年後の予後が良好な傾向があります。患者の約50〜60%がフォローアップ時に修正ランキンスケールで2未満のスコアを示します。死亡率は心原性塞栓性脳卒中よりも低いですが、小動脈疾患よりも高いです。
再発リスクについては、クリプトジェニックストローク後の短期的な再発リスクは、大動脈アテローム性動脈硬化症脳卒中後の高い早期リスクと小動脈疾患後の低リスクの中間です。オックスフォードのメタ分析によると、クリプトジェニックストローク後の再発リスクは7日で1.6%、1ヶ月で4.2%、3ヶ月で5.6%でした。
まとめ
クリプトジェニックストロークは虚血性脳卒中の重要なサブタイプであり、すべての脳卒中の25〜40%を占めています。その病態生理は多様で、潜在的な心原性塞栓症、奇異性塞栓症、未定義の血栓性素因、および狭窄度が低い脳血管疾患が考えられています。
診断は除外的であり、標準的な評価で明確な原因が見つからない場合に行われます。治療は他の脳卒中サブタイプと同様に急性期管理を行い、二次予防としては抗血小板療法が基本となります。長期心臓モニタリングで心房細動が検出された場合は抗凝固療法に切り替え、適格な患者にはPFO閉鎖を検討します。
臨床医として大切なのは、「原因不明」と診断されたとしても、さらなる評価と最適な二次予防戦略の特定に努めることです。今後の研究により、クリプトジェニックストロークの病態生理学的理解が深まり、より効果的な予防戦略と個別化された治療法が開発されることを期待しています。