腎臓内科

クレアチニンとシスタチンCのeGFR乖離

腎機能の評価において、クレアチニンとシスタチンCのどちらに基づくeGFR(推算糸球体濾過量)を信頼すべきか、あるいはその「ズレ」が何を意味するのか、迷うことはありませんか?

2025年にJAMA誌に掲載された大規模メタ解析の研究結果から、この2つの指標の乖離(Discordance)が持つ臨床的な重要性が明らかになりました。今回はその内容を詳しく解説します。


1. 背景 (Background)

1.1 eGFR評価の現状と課題

腎機能(eGFR)の評価には一般的に血清クレアチニン(eGFRcr)が用いられますが、クレアチニンは筋肉量や食事、身体活動などの「腎機能以外の要素(非GFR因子)」の影響を受けやすいという欠点があります

 
 

 

1.2 シスタチンCの特徴

一方、シスタチンC(eGFRcys)は筋肉量の影響を受けにくいため、より正確なGFRマーカーとされていますが、これもまた喫煙、肥満、炎症といった別の非GFR因子の影響を受ける可能性があります 2

 

 

1.3 研究の目的

これまでの研究で、両者の値に乖離がある場合、それが予後に関連する可能性が示唆されていました。本研究では、大規模なデータを用いて、eGFRcysがeGFRcrよりも大幅に低いという「乖離(Discordance)」がどの程度の頻度で発生し、それが死亡や心血管イベントなどの有害事象とどう関連しているかを評価することを目的としています

 

 


2. 方法 (Methods)

2.1 データソースと対象者

「慢性腎臓病予後コンソーシアム(CKD-PC)」に参加しているコホートからデータを収集しました。

  • 外来コホート: 23コホート、計821,327名

     

     

  • 入院コホート: 2コホート、計39,639名対象は、同日にクレアチニンとシスタチンCの測定が行われている18歳以上の成人です

     
     

     

2.2 「乖離(Discordance)」の定義

本研究では、eGFRcysがeGFRcrよりも30%以上低い場合を「大きな負の乖離(Large negative eGFRdiff)」と定義しました

 

 

  • 計算式:(eGFRcys - eGFRcr) / eGFRcr < -30%

2.3 評価項目(アウトカム)

外来患者における以下のリスクを追跡調査しました

 

 

  • 全死亡(All-cause mortality)

  • 心血管死(Cardiovascular mortality)

  • 動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)

  • 心不全(Heart failure)

  • 腎代替療法を要する腎不全(KFRT)


3. 結果 (Results)

3.1 乖離の有病率

eGFRcysがeGFRcrより30%以上低い「大きな負の乖離」を持つ患者の割合は以下の通りでした。

  • 外来患者: 11% (範囲 3%-50%)

     

     

  • 入院患者: 35% 入院患者などの重症度の高い集団で、より乖離が見られやすいことが分かります

     
     

     

3.2 乖離に関連する因子

どのような人が「eGFRcysが低く出やすい(乖離しやすい)」のでしょうか?解析の結果、以下の特性を持つ人で乖離のリスクが高いことが判明しました。

  • 高齢

  • 現在喫煙者 (調整オッズ比 2.09)

  • 肥満 (高いBMI)

  • 併存疾患あり (心不全、慢性閉塞性肺疾患[COPD]、肝疾患など)

3.3 臨床転帰との関連(外来患者)

平均追跡期間11年の解析において、乖離がない群(差が±30%以内)と比較して、「大きな負の乖離」がある群では、すべての評価項目でリスクが有意に上昇していました

 
 

 

  • 全死亡: ハザード比(HR) 1.69 (95% CI, 1.57-1.82)

  • 心血管死: HR 1.61 (95% CI, 1.48-1.76)

  • 心不全: HR 1.54 (95% CI, 1.40-1.68)

  • ASCVD: HR 1.35 (95% CI, 1.27-1.44)

  • 腎不全 (KFRT): HR 1.29 (95% CI, 1.13-1.47)


4. 考察 (Discussion)

4.1 乖離が意味するもの

eGFRcysがeGFRcrより大幅に低いという現象は、単なる測定誤差ではありません。これは、筋肉量の減少(eGFRcrが高く出がち)や、炎症・肥満などの非GFR因子の存在(eGFRcysが低く出る、あるいは真の腎機能をより反映している)を示唆している可能性があります

 
 

 

4.2 臨床的なリスクの指標として

本研究の結果は、eGFRcrだけでは見逃されてしまう「隠れたハイリスク患者」の存在を浮き彫りにしました。特に高齢者や喫煙者、慢性疾患を持つ患者において、クレアチニンとシスタチンCの乖離を確認することは、死亡や心血管イベント、腎不全のリスク層別化に有用であると考えられます

 

 


5. 結論 (Conclusion)

まとめ

CKD予後コンソーシアムの大規模メタ解析により、以下の結論が得られました。

  1. 外来患者の約1割、入院患者の約3.5割において、eGFRcysがeGFRcrより30%以上低いという大きな乖離が存在する

     

     

  2. この乖離は、全死亡、心血管疾患、腎不全のリスク上昇と強く関連している

     

     

日常診療において、eGFRcrだけでなくシスタチンCを測定し、その乖離に注目することは、患者の予後予測精度を高める上で重要なアプローチとなるでしょう。

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