救急科 診療科

上部消化管出血

上部消化管出血の診断・治療アプローチ:包括的要約

1. 疾患概要と臨床症状

上部消化管出血は救急医学における重要な疾患で、主に以下の症状で現れます:

主要症状:

  • 吐血(hematemesis):血液または珈琲様物質の嘔吐。Treitz靭帯より近位の出血を示唆し、鮮血は中等度~重度の継続的出血、珈琲様物質はより限定的な出血を示唆
  • 下血(melena):黒色タール便。90%がTreitz靭帯より近位から発生し、最低50mLの出血で発現。出血から下血までに14時間以上要し、出血停止後も最大5日間持続
  • 鮮血便(hematochezia):通常は下部消化管出血だが、大量の上部消化管出血でも起こりうる

2. 初期評価とアセスメント

病歴聴取の重要ポイント:

  • 既往歴:60%の患者が同じ病変から再出血するため、過去の消化管出血歴は重要
  • 併存疾患:消化性潰瘍疾患、肝疾患、腎疾患、大動脈弁狭窄症、冠動脈疾患など
  • 薬歴:NSAIDs、抗凝固薬、抗血小板薬の使用歴

身体所見による重症度評価:

  • 軽度~中等度の循環血液量減少(<15%):安静時頻脈
  • 15%以上の血液量減少:起立性低血圧(収縮期血圧20mmHg以上の低下、心拍数20/分以上の増加)
  • 40%以上の血液量減少:仰臥位低血圧

検査所見の特徴:

  • BUN/クレアチニン比 >30:1:上部消化管出血を強く示唆
  • 初期ヘモグロビン値:全血を失うため正常値を示すことがあり、時間経過とともに低下
  • 平均赤血球容積(MCV):急性出血では変化せず、低値は鉄欠乏による慢性出血を示唆

3. 緊急管理と蘇生

血行動態不安定患者への対応:

  • 静脈アクセス:16ゲージ静脈カテーテル2本または太い中心静脈カテーテル
  • 輸液蘇生:即座に開始(生理食塩水またはリンゲル液500mL/30分)
  • 輸血:血行動態パラメータ、出血速度、推定出血量に基づいて判断

一般的支援措置:

  • 鼻カニューレによる酸素投与
  • 経口摂取禁止
  • 18ゲージ以上の太い末梢静脈カテーテル2本または中心静脈ライン確保
  • 必要に応じて気管内挿管(大量出血、意識状態悪化時)

4. 輸血療法の戦略

基本方針:

  • 血行動態安定患者:Hb <7g/dL(70g/L)で輸血開始を推奨
  • 冠動脈疾患患者:より高い値での輸血を考慮
  • 活動性出血・循環血液量減少患者:血行動態パラメータで判断

血小板輸血:

  • 重篤出血でPlt <50,000/μLの場合
  • 内視鏡検査:Plt >20,000/μLで実施可能、活動性出血疑いでは>50,000/μLを目標

大量輸血時の注意点:

  • 凝固因子や血小板の補充が必要
  • 希釈性凝固障害の予防

5. 薬物療法

プロトンポンプ阻害薬(PPI):

  • 活動性出血徴候:エソメプラゾール80mg静注
  • 12時間後未実施の場合:エソメプラゾール40mg追加
  • 経口製剤も選択肢(静注製剤が利用できない場合)

胃運動促進薬(エリスロマイシン):

  • 推奨用量:250mg静注(10-30分かけて)
  • 内視鏡検査20-90分前に投与
  • QT延長、薬物相互作用(CYP3A阻害)に注意

抗生物質:

  • 肝硬変患者は感染率が高く、予防的抗生物質投与が推奨

血管作動薬:

  • 静脈瘤出血疑い:ソマトスタチン、オクトレオチド、またはテルリプレシン

6. 診断検査

上部消化管内視鏡検査(第一選択):

  • 推奨時期
    • 一般的な上部消化管出血:24時間以内
    • 静脈瘤出血疑い:12-24時間以内
  • 修正Forrest分類
    • Ia:噴出性出血
    • Ib:滲出性出血
    • IIa:露出血管
    • IIb:付着血塊
    • IIc:平坦色素沈着
    • III:清浄潰瘍底

その他の診断法:

  • CTアンギオグラフィー(CTA)
  • 血管造影
  • 小腸内視鏡
  • カプセル内視鏡
  • 注意:バリウム検査は禁忌

7. リスク層別化

再出血リスク因子:

  • 血行動態不安定(収縮期血圧<100mmHg、心拍数>100/分)
  • ヘモグロビン<10g/L
  • 内視鏡時の活動性出血
  • 大きな潰瘍(>1-3cm)
  • 潰瘍部位(後壁十二指腸球部、胃小弯高位)

リスクスコア:

  • Glasgow-Blatchford Score(GBS)
    • 0-1点:外来管理を考慮
    • 内視鏡前に計算可能
    • BUN、Hb、血圧、脈拍、臨床症状に基づく
  • Rockall Score
    • 内視鏡後に計算
    • 年齢、ショック、併存疾患、診断、内視鏡所見に基づく

8. 治療方針と退院基準

退院基準:

  • 内視鏡後:併存疾患なし、バイタルサイン安定、正常ヘモグロビン値、再出血高リスク所見なし
  • 内視鏡前:GBS 0-1点、重篤な併存疾患なし、バイタルサイン安定、正常ヘモグロビン値

入院適応:

  • 血行動態不安定または活動性出血:ICU管理
  • その他:一般病棟(心電図モニタリング推奨)
  • 高リスク所見に対する内視鏡治療後:72時間入院観察

9. 特別な考慮事項

抗凝固薬・抗血小板薬の管理:

  • 使用薬剤と適応を考慮
  • 出血の重症度を評価
  • 抗凝固逆転の必要性を判断
  • INR <2.5で内視鏡実施可能(可能であれば)

肝硬変患者の凝固異常:

  • INRは出血リスクの信頼できる指標ではない
  • プロコアグラントと抗凝固因子の両方が低下
  • 血液内科コンサルトを考慮

10. 多職種連携

重要なコンサルテーション:

  • 消化器内科:すべての臨床的に重要な急性上部消化管出血患者
  • 輸血医学:大量輸血プロトコルが必要な場合
  • 血液内科:緊急抗凝固逆転や異常凝固検査の解釈
  • 外科・IVR:内視鏡治療不成功時、高リスク再出血、動脈腸管瘻疑い時

11. 予後と合併症

予後因子:

  • 年齢、併存疾患、血行動態安定性
  • 内視鏡所見(Forrest分類)
  • 治療反応性

合併症リスク:

  • 再出血(最も重要)
  • 心血管イベント
  • 肺炎(特に気管内挿管例)
  • 腎機能障害

12. エビデンスに基づく推奨事項

強い推奨:

  • 24時間以内の早期内視鏡検査
  • 制限的輸血戦略(Hb <7g/dL)
  • リスク層別化スコアの使用
  • 肝硬変患者への予防的抗生物質

条件付き推奨:

  • 内視鏡前エリスロマイシン投与
  • 内視鏡前PPI投与
  • 鼻胃管洗浄は推奨されない

まとめ

上部消化管出血の管理は、迅速な血行動態評価、適切な蘇生、早期内視鏡検査、リスク層別化に基づく治療戦略が重要です。患者の状態に応じた個別化された治療アプローチが必要であり、多職種チームによる包括的な管理が求められます。特に、制限的輸血戦略、早期内視鏡検査、適切なリスク層別化により、患者の予後改善と医療資源の効率的利用が可能になります。

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